静岡県は下田市、伊豆急下田駅からR135に乗って東へ2.5q地点。
 そこに、5人の美少女の姿があった。
 ココノ、凛々子、麻由希が前列、後列にエレニス、ティアナという並びだ。それぞれがそれぞれに、夏をイメージした軽快な出で立ちに身を包み、思い思いの夏を演出している。
 歩道の砂利を靴底ですりつぶすように足を踏み出す。磁石の如く足を吸い付けた地面に、ぽたぽたと汗が落ちた。
「海と聞いて飛び乗った私が浅はかでした……」
「浮かれ狂ってた私も悪かったです……もう許して……」
「これは何かの罰ゲームなのか……」
 3人が呻くのも無理はない。道路脇の温度計が突きつけるのは、36度という悪夢の如き現実。
 ぎらぎらと直射日光が降り注ぎ、アスファルトの輻射熱がタール臭を伴い立ちのぼる。こんがり焼かれるチキンの気持ちになってみろとでも言いたげに、上と下から容赦ない灼熱地獄が襲いかかるのだ。力のない視線を前方に向けると、巨大な逃げ水の向こう、なお続く陽炎に気が遠くなる。
 肩から提げた、バラバラ死体でも入っていそうなクーラーボックス。ずっしりと重たいそれに体力が削られるのを感じながら、ココノは引きつった笑いをこぼした。
「仕方ないですよ……下田駅からこんなにあるとは思わなかったし、ましてやバスが30分に1本なんて、誰1人知らなかったわけですし……」
「イヤな予感はしていたのだ……だから、私はバスを待つべきだと提案したのに……」
「誰よもうホント時刻表も見ず、とりあえず歩こうなんて言った人は……あ、私だ。はわわわっ! ご、ごめんなさいあうっ!? 石は、石は投げないでぇ!」
 暴徒と化して麻由希を襲う一同の脇、ちりんちりんとベルを鳴らしながら、おばちゃんのママチャリが駆け抜けていく。その音に、まずはココノが我に返り、建設的な提案をした。
「ダメですよこんな死体みたく歩いてたら! 私たちのイメージが壊れちゃいます! ほら、もっと『輝く汗! 弾む肢体! そして飛び散る波しぶき!』みたいな!」
「海も見えないのに無茶言わないで……」
「そうだよココノちゃん、こんな殺人光線の下でハツラツなんてできないよぅ……」
「恐るべしはココノ・アクア……あんなに華奢なのに、どこにこれだけの元気を蓄えているのだ……」
「3人とも何言ってるんです! メッツァー様に調教されてたときの元気はどこ行っちゃったんですか!?」
 その一言で、彼女たちは、ああ、と納得した。夏バテでやる気が出ないゾンビのような足取りで進みつつ、遠い眼差しで述懐するようにつぶやく。
「やはり調教か……調教なのか……」
「きっと夜な夜ないろいろ励んでるんだよ……確かに体力はつきそーだね……」
「そういえば、汁が輝いたり身体のあっちこっちが弾んだり色んなしぶきが飛び散ったりしてたっけ……あ、ダメ、想像しただけで脱水症状になりそう」
「そっ、そういうことじゃないですよぅー!」
 ココノは真っ赤な顔で、ぐーにした両手をぶんぶんぶんと振り回す。
「私が言いたいのは、こんなにテンション下がってたら海岸についても楽しむなんてできないし、それよりなにより、スイートナイツたちに憧れる人たちの夢や希望が壊れちゃうってことですよぅ!」
 必死の訴えに、しかし凛々子と麻由希は顔を見合わせる。
「えー、そんなことゆっても暑いし。ねー凛々子さん」
「そうそう。それにあれだけ○○され倒したら、そろそろ夢も希望もないって気づくってば。もーちょっと現実見ようよ」
「ななな何ゆってるんですかー!」
 しかし、ただ1人、エレニス・レクシアだけは、けだし至言と納得した。それまでのたるんだ気分はどこへやら。頬をぱんぱんと叩き、汗ばんだトートバッグの紐を握りしめ、彼女は体育会系の熱血口調で言い放つ。
「ココノの言う通りだ。こんなことでは……せっかくの伊豆を満喫できない!」
「うわ、夢と希望は二の次なんだ……」
「ていうかいまのできっと壊れちゃったよね、夢」
「この人は実直というか愚直というか……要領悪い人なんですね……」
 3人が呆れた調子でつぶやくが、スイッチの入ったエレニスは聞いてなどいない。
「この程度の暑さで弱音を吐いていてどうするのだ! 立て、お前たちは愛と正義の魔法戦士、スイートナイツだろう!?」
「えっと、私はどっちかって言うと敵対勢力……」
「私は……このところどっち寄りかわかんなくなりつつあって……あぅう……」
「凛々子さんファイトです! てゆーかエレニスさん、さっき『これは罰ゲームか』って愚痴ってたような気が」
「こ、細かいことを気にするな! それよりも、一番線が細くて真っ先にほっぽり出しそーな姫様が文句のひとつもこぼしていないことを見習わないとは思わないのか! 私は正直びっくりだ!」
「さりげなく非道いこと言ってるなぁ……」
 話題に上りながら、誰1人として振り向かなかったのは、何かしらの予感があったのかもしれない。ティアナを除く4人は微妙な緊張感を孕んだまま、のろのろ東進を続ける。
「だけど、ティアナ姫がぶーたれないのって荷物持ってないからじゃないです?」
「びっくりしましたよね、朝、集合場所に水着着込んで手ぶらで現れたときには。帰りはどうする気なんだろう……」
「あの格好で『スイートリップ、スイートパッション! こっちです早く早く!』とかって名前連呼するし、他人のフリしててもぶんぶん手ぇ振るし……私、羞恥プレイかと思ってちょっと感じちゃった……」
「うわ、そーなんですか? そーなんですか!?」
 おかしなところに食いついた麻由希と、疲れたような苦笑いを返す凛々子。その隣で、ココノがあれ? と小首をかしげた。右隣を見上げ、
「エレニスさんって今、ティアナ姫と同じところに住んでるんですよね? あの格好で出て行くの、止めなかったんですか?」
「それが、起きたときにはすでに姫様のお姿はなく、『探さないでください』という書き置きがテーブルの上に……まあ案の定、集合場所に先に乗り込んでいただけなのだが」
「なんてハタ迷惑な……修学旅行前夜の子供じゃあるまいし」
「察するに、こちらのテレビで見たシーンを一度自分でやってみたかったのだろうが……ふゥ、なにしろ姫様ときたら……はッ!? いや、そういうことではなく……我が主君、ティアナ姫こそ、あるべき指導者の姿だと言っているのだ。そう……偉そーなことを言いながらこれっぽっちもバトルに参加せずそのくせ○○と見るや嬉々として姿を現すどこかの卑劣漢とは大きく違い……」
「……あ、いまのちょっとカチンと来ました」
 思い当たるふし満載のコメントにココノの顔が引きつるが、エレニスはお構いなしに弁舌を振るう。
「自ら先陣に立ち、隊を指揮する勇猛果敢なそのお姿! 自らよりも民のことを思うそのお心! 卑しくも戦士を名乗る者ならば、姫様の強い心胆に習うべしと言っているのだ。さあ、心して見るがいい、これほどの猛暑灼熱にも関わらず、駄口ひとつ叩くことなく道程を歩み続ける姫様の勇姿を!」
 メリハリの利いた動作でエレニスがびしりと背後を指さし、そういえばやけに静かだよねと思いながら3人がくるりと振り向いた。
「うふふふふぱとらっしゅー! 待ーってー、私もお花畑に連れてってくださいー!」
「姫様が壊れたーっ!?」
 見えない蝶でも掴むような手つきで空をかきながら、ティアナがふらふらと明後日の方向へ駆けていく。荷物をほっぽり投げ、大慌てでそれを追うエレニスとは裏腹に、残りの3人は涼しい顔だ。
「この人は想像のナナメ上を行く……」
「暑さのあまり脳ミソ温泉タマゴみたいになっちゃったんだ……ぬるま湯どっぷりの温室育ちに伊豆の日差しは厳しかったみたいです」
「きっと、ロアの王宮では酷暑とも酷寒とも無縁なアゴで人を使う快適生活だったから、免疫とかゼロなのね」
「そうそう、枕はロアから持参したって言ってましたよ。なんか、枕が変わると寝られないって」
 あーわかるわかるそんな感じするもんねー、とうなずき合う凛々子とココノ。そんな和やかな談笑のかたわらで、ようやくエレニスがティアナの手首をつかまえた。
「姫様っ、そちらは車道です! 危険ですからお戻りくださいっていうか正気に戻ってください早いとこ!」
「うふ……うふふふ……ぱとらっしゅ……私もう眠いです……あら、あの綺麗な光は何……?」
「その『ぱとらっしゅ』とは何のことですか! 目をお醒ましください、ここは日本の静岡さらに伊豆! 目的の白浜海岸まで、残りは結構イイ感じです!」
 そんなことを言いながらエレニスがティアナをがくがくと揺さぶる。そのうちに、彼方を彷徨していた瞳の焦点が定まってきた。
「……はっ!? わ、私は一体……ところでエレニス、あなたいま伊豆と言いましたか?」
「ほ……よかった、ようやく正気に……そうです。私たちは現在伊豆に……あわわわわっ!?」
「放しなさいエレニス! 特急踊り子号の中で、時速100キロの密室で殺人事件が起きているんです! 今行きますから待っててください十○川警部ー!」
「だから誰ですかそれはーっ!」
 ティアナが遠吠えのように叫び、エレニスは誘拐犯さながらに食い下がる。単純な力はエレニスの方が上だが、相手が相手だけに思い切ったことができない。対するティアナは錯乱のため加減も何もあったものではない。
 混迷の度合いを深めていく主従の争いを遠巻きに眺めながら、麻由希はまるっきり他人事の口調で述べる。
「一応地理的には、微妙にこっち側に戻ってきてるみたいだよね」
「まあ、場所は同じでもナナメ上なんで、私たちとは未来永劫交わらないとゆーか」
「ずっと静かだったから気づかなかったけど、ティアナ姫、いつ頃からあんな調子だったんだろうね……あ、エレニスさんが業を煮やしたみたいねー」
 凛々子の言葉が終わる頃、ぐったりとなったティアナを肩に担ぎ、エレニスが戻ってきた。滝のようにだばだば流れる汗が、苦闘を雄弁に物語る。
「だ、大丈夫ですかエレニスさん?」
「はぁ、はぁ……わ、私よりも、姫様の容態が……急に倒れられたので心配だ……」
「まあ、あれだけ会心の一撃をキメちゃうとさぞかし心配だとは思いますけど……」
 麻由希が漏らした感想には触れることなく、エレニスは申し訳なさげに切り出した。
「ところで、姫様を運ぶのを手伝……」
「ウ。ごめんなさい私いま急に持病の癪が」
「私はメッツァーに調教された後遺症が。もう慢性化しちゃって大変なんです」
 即座に返事をよこした麻由希と凛々子が関わり合いを恐れているのは明らかだった。ティアナを抱えたエレニスがずいと詰め寄れば、2人はその分だけ身を引いて、つかず離れずをキープする。
「な、何もそんなに警戒しなくてもいいだろう! 大丈夫だ、ほんのちょっとだから、全部じゃないから、誓ってそれ以上のことはないから……」
「そんな、あのテこのテで1発ヤリたい男みたいな要求は聞けません!」
「凛々子さんの言う通り、私たちは知恵をつけたんです。もう、あんな思いはしたくないから!」
「そうは言っても、ほら、減るものでもないじゃないか、私は間違ったことを言っているか? 1回だけだから……この通りだ、この通り頼む!」
 これってティアナ姫の話じゃなかったのかなぁと考えながら、いい加減日差しがイヤになったココノは、こっそりと先行する。そのとき、
「……ん? ああーっ!?」
 ココノが声を張り上げた。行く手を可愛らしい指で指し示し、今にも弾み出しそうな声音で言う。
「言い合いしてる場合じゃないですよう! ほらほら、見えてきました!」
 下田駅から歩くこと30分。疲労困憊に達していた一同の目に、コバルトブルーに輝く海が飛び込んできた。燦々と照りつける日差しは変わらないが、風には潮の香りが混ざり、海水浴客たちの喧噪向こうに、寄せては返す波の音が聞こえる。
 嘘のように白い砂浜への階段が、目の前に伸びている。それまでの瀕死ぶりなどどこへやら、麻由希が元気よく先陣を切った。
「海だぁ―――――――――――――――――っ!」
「あ、待って待って麻由希ちゃん私も行くよぉー!」
 凛々子が続き、薄情にも置いてきぼりをくったココノとエレニスとが顔を見合わせた。半瞬の間に目と目で交わされる、数撃の攻防。
「えっと、わ、私も……」
「済まないな、ココノ・アクア」
「あう…………」
 先に謝られ、そればかりか、さあ遠慮せず担いでくれとばかりティアナを差し出されては、性格的に断ることなどできなかった。仕方なくココノは腫れ物に触るような心地で、エレニスが支えているのと反対側の肩を持ち上げる。
「でもここ、予定にあった白浜海岸じゃなくて、外浦ってところなんですけど……」
「仕方ないだろう。どうせあの2人はもう聞いてはいない。それに、あの2人に戻れと言って戻ると思うか?」
 眼下を見やる。一段飛ばしで階段を駆け下りていく2人の背中に、戦場で見せる凛とした印象はない。年相応の少女に戻った2人にココノは、んもー仕方ないなぁという感じの嘆息を漏らした。
 それに、とココノは思う。
 そんなこと言われたら自分だって困るのだ。目の前に海がある。砂浜がある。うずうずしてくる。心躍る。この先にどれほど名の知れた海水浴場や絶景があろうとも、もう目の前の海と邂逅を遂げてしまったのだから。
 浜辺に続く階段を下りきると、いよいよ手が届く距離に海が広がっている。そのため気分的にも体感的にも多少は涼しくなったものの、さりとて暑いことには違いなかった。
 ココノは右手でクーラーボックスの肩ひもを担ぎなおし、左手を額に当てて日差しを遮る。それでもなお強烈な太陽光線に目を細め、言った。
「あ、2人が待っててくれてますね。凛々子さーん麻由希さーん!」
 階段を下りきったあたりには、先行した麻由希と凛々子が膝に手をつき呼吸を整えていた。炎天下を延々歩いてきた身体に、短いとはいえ全力疾走は相当負担だったらしい。
「は、走るんじゃなかった……り、凛々子さん……大丈夫です……?」
「私は……うぁ、ダメだ、急に立つとまだ眩暈がする……」
「あんなに走るからですよ。そんなに急がなくても、海は逃げませんよ?」
 穏やかな口調、そしてうつむいた目線に映り込んだ白い素足に、2人は顔を跳ね上げた。
「ティアナ姫! いつ復活したんですか!?」
「さっきまで向こう側に行ってたのに……」
「向こう側というのがどちらのことかはわかりませんが……こちらの世界には名言があるではありませんか。『今日、海を見た。もう怖くない』。やはり、母なる海には神秘の力があるのですね」
「……海水浴客でごった返す近場の伊豆ですけどね」
 なんとなく、炎天下で雑談が始まりそうな会話の流れだった。そんなのとんでもない、と、ねじ込むようにココノが提案する。
「ところで、荷物とか置かなくちゃいけないし、一度あそこの海の家で休憩ってことにしませんか?」
 異議を挟む者はいなかった。満場一致の採択を受け、一同はぞろぞろと、一番近くに建つ海の家に向かって砂浜を歩いていく。
 

 その海の家は、壁のない場末の食堂といった様相だった。敷地の半分は砂浜にテーブルと椅子を直に並べ、もう半分が板張りの座敷。くっつくようにして運動会の教員席みたいなテントが張られ、それとなく領土拡大を図っていた。柱の高い位置には扇風機が取り付けられ、右に左に首を振ってどうにもならない温風をかき混ぜている。また、座敷にもいくつかの扇風機が置かれており、こちらも苦しげな悲鳴を上げながら全力全開で仕事をしていた。
 彼女たちは座敷に隣り合った位置のテーブルを選んだ。リサイクル品のようなパイプ椅子を引きずり出し、早朝から農作業をしていたオヤジのような仕草でどっかと腰を下ろす。

 

 

 

 

 鞄やクーラーボックスを投げ出すみたいに床に置き、口々に言う。
「とりあえずかき氷。ブルーハワイで。あ、ソフトクリームあるんだ? じゃ、それもー」
「私メロンー。あと焼きそば一丁」
「それじゃ私はストロベリーで。ティアナ姫とエレニスさんは何にしますか?」
 順番に注文し、3人が振り返る。
 ティアナが座敷に寝そべりダダをこねていた。
「エーレーニースー、扇風機ぃー」
 足をばたつかせ、どうにもならない暑気に抗議する。全員が、そんなことすれば余計に暑くなるんじゃないのかなぁという顔になるが、プリンセスには庶民の理屈など通用しない。
「あれは私たちの所有物ではありませんので……」
「ではどうしろと言うのですか? ここにはエアコンもなく冷風器もなく冷風扇もなくそして私はあーつーいーでーすー。あーつーいー」
 聞いている方が暑くなるような無茶を、間延びした調子で言われ、さすがのエレニスも表情が強張った。
「……で、では、私が扇ぎますので……どうか、せめて椅子に座るくらいは……」
 それでもエレニスは説得を続ける。麻由希とココノは馬に念仏を聞かせる人を発見しましたという顔だ。額をすり合わせんばかりに顔を近づけひそひそと話す。
「……ね、ココノちゃん。エレニスさんって、どのくらいまでやったら怒るのかな?」
「ま、麻由希さん、そんなこと言ったら不謹慎ですよ……それは、私だってちょっと興味ありますけど……」
 一方、凛々子が仲裁に乗り出した。
「ま、まあまあティアナ姫……何か冷たいものでも食べれば涼しくなりますから、ね?」
「スイートリップもああ言っています。私も頑張って扇ぎますので」
 ようやくティアナがむっくりと身体を起こした。絶妙のタイミングで凛々子が水を向ける。
「それで、ティアナ姫とエレニスさんはどうします?」
 人間世界の滞在期間がそれほど長くない2人は、こういった場所は初めてなのだろう。凛々子が手渡したモダンアートのような手製のお品書き。肩をくっつけてそれをのぞき込んでいた2人が尋ねた。
「ところで、これはどういったものですか?」
「食べ物だとは思うが、姫様のお口に入るものだ。私も詳しく聞かせてもらいたい」
「かき氷と言ってですね……はっ!?」
 目の前に、かき氷を知らない者がいる。
 凛々子とココノと麻由希の顔に、共犯者の笑みがスティグマのように浮かび上がる。3人は悪戯っ子の視線をテーブルすれすれの超低空で取り交わし、共犯関係を確認、それじゃ凛々子さん言ってくださいねちょっとちょっとなんで私がいやいやこういうことはやっぱりココノちゃんの仕事だってばえー私ですかわっわっそんなおっかない顔してもダメですよはい最初はぐー、という小声の高速パス回しの結果、貧乏クジは凛々子の手に残った。
 そこへ、おかしな具合に肝臓を病んだような、ひどく緑色の肌をした店員がかき氷3つとソフトクリームを1つ、盆に載せて運んできた。
「あ、ちょうどよかったこれですこれ。これがかき氷。ね、涼しそうでしょ? 好みのシロップをかけて食べるんです」
 現物を示して説明し、続いて各シロップの味についても卑近な例を挙げて解説すると、
「それでは、私は練乳をお願いします」
「私は……宇治金時を」
 それぞれが玄人好みのオーダーを出した。店員がメモして戻っていくのを見送る。そのチョイスについて言いたいこと聞きたいことは多々あるものの、前フリの時間が惜しい。凛々子が脈絡もなく切り出した。
「ティアナ姫にエレニスさん。このかき氷っていうのは、食べるために作法があるんですよ」
「作法? そんな崇高な食べ物には見えないのだが……」
「いえ……例えば茶道などがいい例でしょう。詳しくは存じませんが、お茶を飲むという、ともすれば単純な行為の中にいくつもの教訓や心得、礼儀や叡知が隠されていると聞きます」
「なるほど、さすがは姫様。博識でいらっしゃる」
「ありがとうエレニス。ですが、私もかき氷の作法については不勉強で知らないのです。スイートリップ、教えてくださいますか?」
「じゃ、私と一緒にやってみましょうね」
 貧乏くじを引いたわりには嬉しそうに、凛々子は嘘八百を並べ立てる。
 かたや、セコンドのココノと麻由希はストロースプーンでかき氷の山に穴を開けていた。ときおりぱくりとやりながら、試合の流れを冷静に分析する。
「よくあんなデマカセすぐ思いつくなぁ……尊敬しちゃう」
「ええっ、尊敬しちゃうんですか!?」
「それに、ちょっとティアナ姫のことも。練乳なんてそのものズバリじゃん。あの凛々子さんだって避けたのに」
「あ、『あの』って……スイートリップも人の子なんですから」
「だって、このメンツでただ1人、あえて練乳に特攻かけるんだよ? 闘いが終わってしばらく経つから、ティアナ姫、タマッてるのかな……ココノちゃんはどう?」
「えっと……私、毎晩メッツァー様に……あ、いえ、なんでもないです私よくわからないです少女ですから」
「…………」
「…………」
「……てや」
「はわわわわっ、お醤油かけたらダメですやめてやめてやめてー!」
 賑やかな外野とは逆に、凛々子は笑顔の下で真剣だった。かき氷の素人2人を罠に誘い込まねばならないのだが、武器は口先ただひとつ。だが、なんとなくティアナが味方してくれているような錯覚に陥る。それはそれでありがたいことかなと独りごちたとき、先ほどと同じようにかき氷が運ばれてきた。
 凛々子はストライプのストロースプーンを指揮棒よろしく構えた。
「それじゃ、ちょうどモノも来たんで一緒にやってみましょう。こうやってシロップと氷とを混ぜて、味をまんべんなく行き渡らせるんです」
「こ、こんな感じか?」
「あ、エレニスさん上手いですね。で、そーしたら気持ち高めにお皿を持ち上げ……一気にかきこむっ! そして一発で飲みほすっ!」
 どこまでも真面目で人の良いエレニスは、凛々子に促されるままザラメ状の氷を流し込む。口がもくもくもくと動き、喉がごっくんと鳴り、
「あっ、ふあっ!? 頭っ、頭きーんとなって痛い痛い痛いっ!」
 額を押さえてテーブルに突っ伏した。そんなことで痛みが取れるわけもないが、さりとてじっとしてもいられないのだろう。全身を強張らせ、ぐりぐりと天板に額を押しつける。
 怪しい薬でもキメているかの如く悶絶する彼女の隣、同じ罠にかけられたティアナは、
「あらあらエレニス……大丈夫ですか? あむ。ん……冷たくて美味しいです……ぱく。ふふ……幸せ」
 適切なペース配分を守った手本のような食べ方で、喉奥を落ちる涼を堪能していた。
「ああっ!? ティアナ姫全然ひっかかってない!? せっかく身体張って頑張ったのに……って、あ、うあ、ちょ、きたきたきたきたアタマ痛いアタマ痛いっ」
 自爆攻撃を仕掛けた凛々子にも痛撃の波が押し寄せた。エレニス同様額を押さえ、じたばたと身悶える。
 転げ回る2人を眺める麻由希とココノは、残り少ない氷を崩しながら感想を漏らした。
「ティアナ姫ってめちゃめちゃ疑り深い人なんだ……」
「ですけど、一国の王女ともなるとあのくらい慎重じゃないと務まらないとか……でも、もしかして知ってたんじゃないかなぁ……」
「あ、ココノちゃんも? なんかそんな感じするよね……」
 一方、いつまでも治まらない頭痛に、たまりかねて凛々子が叫んだ。
「飲み物、なんか飲み物……うあしまった注文してないし!?」
 潜水中にボンベが外れたダイバーのように、凛々子の腕が虚空をかく。それを見たココノは持参したクーラーボックスのふたを開け、素早く缶を取り出した。
「あ、ココノちゃんビールとか持ってきてたんだ!?」
「あはは……一応。あの日差しだったから、さすがにキンキンに冷えてるってわけじゃないですけど……はい、どうぞスイートリップ」
 プルトップを起こして手渡すと、凛々子は引ったくるような勢いで受け取った。口を付け、ごくごくと喉が鳴るたび、ビール缶の角度がミサイルランチャーのように上向いていく。中身の半分を費やし頭痛の大部分を胃袋に押し流してから、
「ぷはぁっ! ……はふー、いやーこれで冷えてたらトドメ刺されちゃうし、これくらいでちょうどいいよー。ありがとう」
 ようやく人心地つき、缶をテーブルに置いた。その頃には、エレニスも自力でほぼ回復を遂げていた。こすりつけたせいで気持ち赤くなっている額を手の平で押さえながら、わずかに涙目で言う。
「そのクーラーボックス、重たそうだと思っていたが……なるほど酒を持参していたのか……」
「それだけじゃないんですけど、あ、せっかくだから、乾杯しましょうか。皆さんに回してもらえます?」
 ココノがクーラーボックスから缶を取り出しテーブルにどかどかと並べると、頭痛の残滓に顔をしかめながらも、面倒見のいいエレニスが各人に手渡した。
 4人に缶が渡り、5つ目の缶をココノがエレニスの手に握らせようとすると、彼女はそっと押し返す。
「あれ? エレニスさん飲まないんですか?」
「け、結構だ。姫様をお守りするのが私の使命。反応速度を低下させるアルコールなど摂取するわけにはいかない。……おやじ、オレンジジュースを」
 よろりと立ち上がったエレニスは、テーブルを離れ、カウンターそばのパイプ椅子に半身で座った。頭痛のためか、超A級スナイパーのようなやぶにらみである。
 海の家の無口な店長は、大量の持ち込み攻撃にも緑の顔色ひとつ変えず、文句のひとつも言わなかった。それどころかカクテルグラスにあふれんばかりのオレンジジュースを注ぎ、色つやの良いチェリーまで添えてくれる。見た目は悪いがいい人なのかもしれない。
 グラスを手にしたエレニスがテーブルに戻ると、凛々子が全員を見回し、それじゃ、と切り出した。
「何に乾杯しよっか……伊豆?」
「疑問形で『伊豆?』って言われても、ちょっと……」
「闘いが終わったことに、ではどうだろうか」
 それは、なんとも「らしい」理由だった。エレニスの提案に、一同はうん、とうなずき、缶とグラスを掲げる。ココノと麻由希はわくわくした顔で立ち上がる。そしてエレニスが主君に音頭を願った。
「では……姫様、お願い致します」
「それでは……こうして平和な時間を満喫できることに」
「かんぱーいっ!」
「っくぅうー! 染みわたるーっ!」
 それぞれがそれぞれ、まさに喉のつかえが下りたとばかり、天晴れな飲みっぷりを披露して見せた。
 中でも腰に手を当てた麻由希はごっくんごっくん喉を動かし、ぷはぁと息継ぎをして、もう3口あおる。渇いた喉は、かき氷程度では潤いきらなかったらしい。それでも缶の半分を流し込むと、渇きも心も落ち着いてきたようだ。麻由希はセコンドに戻ったボクサーのような勢いでパイプ椅子に座る。彼女はふぅ、と息を吐き出し、眼前の砂浜を、そして銀色が踊る海を眺めながら、遠い目をして言った。
「ようやく……終わったんですね……」
「うん……ようやく、ね……」
 裸足になってズボンの裾をまくり、波と戯れる家族連れ。浮き輪にしがみつき、おっかなびっくり足の届かない深みに漕ぎ出す兄弟。海水の塩味に泣きじゃくる子供と、困ったような嬉しいような笑顔でそれをあやす若い母親。そしてたくさんの恋人たちが、作り上げた自分たちの世界の中、見つめ合って微笑んでいる。
 それは少しだけ思い切った出で立ち以外はいつもと何ら変わらない日常だ。心持ち強まった日差し以外は去年や一昨年と何も違わない夏の日常だ。
 けれど。
 その日常こそ、彼女たちが身を挺し純潔を賭して守り抜いた、かけがえのない宝物だった。
「凛々子さん、私、スイートナイツとして闘えて、本当によかったです……」
「うん……たくさん辛いことがあったけど、こうしてみんなが幸せそうにしてるの見ると、私も、頑張ってよかった……そう、思えるよ……」
 くすぐったそうにはにかみ、見つめ合う2人の傍ら、クイーングロリアを想起させる穏やかな微笑を浮かべ、ティアナは言った。
「くすくす、本当に終わったのでしょうか…………ねぇ?」
 ねぇ、のところでティアナは凛々子の右肩の上あたりに視線を投げた。確かに投げた。
「ティアナ姫それって誰に訊いてるんですか? 誰に訊いてるんですかっ!?」
「ていうか最後どこ向いてたんですかその謎のカメラ目線は何!? 私の後ろに誰かいるの!?」
 天井から蛇蝎が降ってきたかのように取り乱す2人をよそに、ティアナはくぴ、とビールを少量含み、優雅に嚥下する。ほう、と息を吐いて、吸って、吐いて、言った。
「それにしても……良い天気ですね。あ、すみませんスクリュードライバーをひとつ」
 古い話題には飽きたと言わんばかりのその態度。凛々子と麻由希の表情が、ぴき、という音を立てて凍りつき、海の家に微妙な沈黙が満ちた。響くのは人々の喧噪と潮騒と蝉の声。
 その重苦しい空気を破ったのは、意外なことに麻由希だった。
 会話の切れ目を待ちかねていたようなわざとらしさであった。
「あ、そ、そーだ! 私こんなの持ってきたんですよーっ!」
 麻由希はディパックから仔熊柄のデカい箱を取り出し、どかんと置いた。オンボロのテーブルがぎしぎしと、あたかもそんなもの載せないでとばかりに悲鳴を上げる。
 引き続きディパックに手を突っ込んでがさごそやる麻由希。初デート前夜の乙女のようなはにかみ具合に、凛々子は嫌な予感を禁じ得ない。
「あの、麻由希ちゃん、それ……何……?」
「えへへ……ちょっと恥ずかしいんですけど、お弁当作ってきたんです! あ、あれ? フルーツが出てこないなぁ……んしょ」
 麻由希はディパックの底を掴んで逆さに吊す。大きなモーションで3回振って、転がりでたのはタッパーがひとつ。
 麻由希以外の全員の顔に、え、あの猛暑の中を保冷剤もなしに持ってきたの? という疑問符が浮く。
 それは、口では見せたくないと言いながら、実はそこそこ自信のあるテストを提出するときの気持ちにも似ている。度重なる調教によって露出の快感を刻み込まれた麻由希は、手作り弁当という恥部を披露することに胸躍るあまり、4人の様子がおかしいことには気づきもしない。
 引きつった愛想笑いでココノが言った。
「わ、私は……それはちょっと」
「あ、あれからちゃんと練習したんですよー!?」
 恐る恐るといった調子で凛々子が言った。
「毒見……じゃなかった、味見はしたんだよね?」
「えー? そんな怖いことできるわけないじゃないですかー」
 凛々子とココノが顔を見合わせたそこへ、緑の店員が近づいてくる。
「ググルゥ」
 黄色人種とは似ても似つかぬ肌の色は、やはり外国人なのだろうか、使用言語は日本語とは似ても似つかない。しかし前掛けを帯び、その手に焼きそばの皿を持っているとなれば言葉など不要だった。
「あ、来た来た。私はこれ食べてますんで、遠慮なく」
 麻由希はレトルト感あふれるそれを受け取り、有無を言わさぬ勢いで焼きそばの山を征服にかかった。
 その脇で、凛々子とココノは互いの腹をさぐり合う。さながら犬のケンカの如く、先に視線を逸らした方が負けだとばかりに互いの目をにらみ据え、
「ほら、せ、せっかくの手作りですし、本人談では練習したとのことですし」
「そ、そうだよね、別にいきなりドカンってことはないもんね……ってココノちゃんどうして逃げるの!?」
 結局、たまたま弁当箱に近かった凛々子が弁当箱に手を伸ばず羽目になる。不審物処理班の心境と慎重さで、彼女はそっと黒いふたを開けた。

 わさわさわさわさわさわさわさわさわさわさわさわさ。

「うわっ、わっ、わーッ!?」
「足が、足がたくさんー!?」
 慌てて閉じる。
「まあ…………」
 どこに持っていたのか、口元を薄桃色のハンカチで優雅に隠し、さらに顔を背けたティアナが、弁当箱のフタを45度ほどの角度で開いた……麻由希に向けて。
「ふぐぅ!?」
 麻由希が、ぶば、と焼きそばを吐き出した。
「こほっ、こほっ! ななな何これ何これどこの星から来た生物!? 私が作ってるときにはこんなのいなかったよ!?」
「そのときからこれなら、ある意味でキモが据わってるとゆーか」
「うん。それはそれでスゴいよね」
「長時間の日差しを浴びて、突然変異を起こしてしまったようですね。夏の太陽って罪作りです……」
「この世には、まだまだ我々の知らない不思議世界があるのですね。ロアを離れてからこちら、毎日が新しい発見にあふれている……新鮮だ」
 弁当箱のサイズを見れば、それなりに手間がかかっていることは推測できる。麻由希の腕前を考えるとスタートラインの遥か手前からの出発であるため、ここに至るには相当の苦労があったはずだ。それだけに、誰も面と向かって「捨ててしまえ」とは言い出せなかった。
 あろうことか、麻由希はそこにつけ込んだ。
「で、でもほら、まだきっとどこかに食べられるところがありますよー。あ、私は焼きそばでいっぱいいっぱいなのが心苦しいんですけど」
「では、僭越ながら焼きそばの残りは私が……」
「エレニスさんずるいっ! 私も手伝わせて!」
 エレニスと凛々子が口々にそんなことを言い、
「異議あり! 裁判長っ、検察は証拠品を仔細に検証することもせず想定のみで発言しております!」
 麻由希はすでに手段が目的と化しているようだ。彼女は傍聴席がどよめきかねない勢いで、斜め10度の虚空に人差し指を突きつける。根拠のない自信にあふれた態度に、凛々子、ココノ、エレニスの三者の双眸が、すうっと不穏な感じに細められた。
「それじゃ検証してみよっか、仔細に」
 凛々子が横合いから手を伸ばし、麻由希の両腕をがっしとテーブルに押さえつけ、
「そうですね、この上なくじっくりと」
 背後霊になったココノが顎をクラッチして顔を上向きに固定し、
「及ばずながら私も手を貸そう」
 エレニスが弁当箱を、3日穿いてさらに裏返してもう3日ほど使ったぱんつでもつまむみたいな手つきで取り上げ麻由希の顔に近づけた。
「んーんーんーんーっ!?」
 口を開けば毒ガスでいちころだとでも言わんばかりに全力で唇を引き結び、麻由希はぶんぶんぶんぶん首を振る。だんだん顔が赤くなっていくのは拘束に力いっぱい抗っているからだけではなく、鼻で息をすることも止めているからだ。
 どんなスパイも5秒でゲロしそうな過酷な拷問に、しかし音を上げたのは麻由希ではなかった。
「て、手の中で、ざわざわと蠢いて……!? うう、私にはこれ以上は無理だ……」
 エレニスが震える手で弁当箱をテーブルに戻し、己が無力にがっくりと肩を落とす。麻由希はぷはぁと息を吐いて吸ってもう一度吐き、叫んだ。
「殺す気ですか!? ……あ、いや、そうじゃなくて、今のは言葉のアヤってゆーか」
「大丈夫、いまさらどんなセリフで取り繕っても完膚なきまでに無理だから」
「そ、そこまで言わなくてもいーじゃないですかー! 凛々子さんひどいっ!」
「たった今、生命の危機を感じてたとは思えないセリフですね……エレニスさん、大丈夫ですか? 手の細胞は壊死してませんか?」
 喧々囂々たる議論の脇、ずっと傍観を決め込んでいたティアナが件のブラックボックスを取り上げる。
 ところで、彼女の視線の先には、右手に軍手、左手にゴミ袋を装備した、緑色の店員がいた。
「お仕事お疲れさまです。騒がしくて申しわけありません。お詫びというわけではありませんが、よろしかったらこれ、いかがですか?」
「グゲゲ?」
 どこの誰とも知れない不心得者が砂浜に捨てた、山のようなゴミ。それらを拾うという活動に骨を折っていた店員に、ティアナは、玉手箱を差し出す乙姫のような微笑で差し出した。
 勤労な彼は軍手の甲で額に浮いた仕事の汗を拭い、力士さながらに心の字を描いて受け取る。哀れにも遠視だったのかもしれない。彼はがぱ、とふたを開け、軍手のない左手で中身のクリーチャーを掴んだ。
 地獄に続いているんじゃないかと思うほど大きく口を開き、手の中のものを豪快に投げ込み、そして、
「あら……………………やっぱり」
 どさりという、何か重たい物が倒れる音が響く。
 エレニスが気づいた。
「ああっ、何の罪もない海の家の店員さんが!?」
 麻由希が気づいた。
「そんな……もしかして生物テロ!? 一体誰がこんなひどいことを! 犯人はまだ近くにいるの!?」
 麻由希は椅子を蹴って立ち上がり、正義感に萌える瞳でそのあたりを見回す。彼女の視界の外、ティアナは菩薩の顔でビールを啜り、凛々子とココノとエレニスはyeah! とブロックを決めたアメフト選手さながらのハイタッチ。
 麻由希がもうひとつ気づいた。
「あ、あれ!? ところで私のお弁当どこ行っちゃったんですか?」
 全員が、ち、覚えてやがったかという顔になる。けれども彼女らは幾多の死闘を切り抜けてきた魔法戦士たちだ。屍山血河を踏み越えてきた魔法戦士たちだ。約1名敵が混ざっていても、愛と正義で結ばれた彼女たちの結束は揺るがない。
「まあいいではないかスイートパッション。とりあえず座ろう。うんそれがいい」
 エレニスが麻由希の肩を押さえつけるようにして着席させ、
「いやーだけどあれだよね今日ってやっぱり喉渇くよね。はい麻由希ちゃん水分ちゃんと摂らなきゃダメだよ」
 凛々子が飲みかけのビール缶を握らせて口元に持って行き、
「すごいですスイートパッション。もう1本空けてしまったのですか? 私、女の身でありながら惚れ惚れしてしまいます。ところでおかわりはありますか?」
 ティアナが空っぽになった缶を麻由希の手から引ったくって、
「はいはいまだまだありますからじゃんじゃんばりばり飲んでくださいねー」
 ココノがプルトップを起こしたばかりの新しい缶を握らせた。ついでにこっそりとフルーツのタッパーも遠くへ投げ捨ててしまう。
 一糸乱れぬビール缶のバケツリレーが、麻由希の記憶をアルコール漬けにしていく。
「ふにゃ、なんか頭がくらくらして……にゃはははは、気持ちいー」
「ん! 当面の危機は回避したね! ココノちゃんがお酒持ってきてくれたおかげかな、ありがとう」
「隅々まで気のつくいい花嫁になりそうだ……婿が羨ましい」
「正直あのひとにはもったいなくてなりません」
「そ、そんなこと……だいたい、メッツァー様に幸せにしていただくなんて、畏れ多くてとても……でも、もしかしたらってそれを想像すると……指が、勝手に……」
 同性しかいない気安さが、話をとんでもない方向に脱線させた。気恥ずかしげにつぶやくココノ。その隣で、がた、と麻由希が席を立つ。握りしめたビールをごっごっごっごっと一気にあおって空にして、
「へぇ……ココノちゃん、調教されるだけじゃ足りなくてオナニーしたりするんだぁ?」
 のしかかるように、身を乗り出してきた。麻由希の汗の匂いのする髪が、ココノの顔から胸元にかかる。
「ま、麻由希さん!? あ、あの……」
 ココノは戸惑うが、麻由希はどんどん身体を近づけてくる。息が酒臭い。完全に酔っている。
 そんな様子を眺めながら、外野がのんびりと述べた。
「持って生まれたマゾ気質…………母性本能のようなものでしょうか?」
「あ、あんまり持って生まれたくないなぁ……」
 凛々子のコメントに一同は、ん? と首をかしげたが、酔いの回った麻由希はそんなことお構いなしだ。彼女は3秒前のことを忘れ、思いつきで喋る。アルコールの香りを孕んだ吐息がココノの耳元からうなじをざわざわとくすぐった。
「でも、ココノちゃんってMのくせに、責めるのも得意なんだよね……そーそー凛々子さん聞いてくださいよーぅ、私騙されて拉致られて初べろちゅーまで奪われたんですよー?」
「あー…………私もやられたなぁ……ナースの格好したココノちゃんと、女医ルックのフェリセスさんに、何度も何度もいぢめられたっけ……」
「そ、そんなの昔の話じゃないですか! ほら、ね? 今はこうして皆さん仲良く……ああっ、なんか凛々子さんも顔赤いですよ!? ちょ、ちょっと!?」
 心持ちとろけた眼差しで、凛々子も椅子から立ち上がった。こちらは麻由希ほど酒は回っていないようだが、その分表情には悪戯っぽい色がある。
「ココノちゃん……私たちをこんな身体にしたっていうのに、全然反省してないね」
「みたいですね」
「そんな、それ私じゃなくてメッツァー様ですよぅ!」
「この期に及んで言い訳するなんて……麻由希ちゃん、やっちゃおうか」
「やっちゃいますか」
「ちょ、ちょっと!? どうして2人とも、そんな獲物を追いつめるみたくじわじわ寄ってくるんですか……あいたっ!?」
 窮屈な椅子の中で右に左に身体を避けていたココノだが、とうとう決定的にバランスが崩れ、椅子から地べたに転げ落ちた。
 そこに、麻由希と凛々子が左右からケダモノのように襲いかかった。
「やっ、やだやだ助けて強姦魔ー!」
「なんだか、変身ヒーローがやって来そうな悲鳴ですね……『助けてゴーカンマー』」
「そんなヒーローに来られたら被害が増える一方です」
 そのとき、ティアナのもとに注文の品が届く。オレンジジュースとウォッカをステアしたスクリュードライバーだ。アルコール度数のわりにソフトな飲み口で、レディキラーとも呼ばれる。ティアナの視線はそのオレンジと、エレニスが口にしているグラスのオレンジとを行ったり来たりしている。
 視線のさらに先では、2人の魔法戦士がごろごろと転がり回るココノの身体を執拗にくすぐっていた。そのうちに、脇腹を嬲っていた手がもそもそと水着の中に侵入していく。
「ふゃあっ!? ちょ、あっ、あのあのっ……んンぅっ!?」
 ココノの反応が変わる。くすぐったさから逃げるための身悶えは、不規則な性感への反射となった。がむしゃらにねじ込まれた手の平や指先が鋭敏な部分をかすめるたび、水着に包まれた肢体が痙攣気味にびくんと跳ねる。○○魔2人は好ましい反応に顔を見合わせにたりと笑い、空いている手や膝を使ってココノの四肢を押さえ込む。
「やっ、め……んぅ、っく!? は……ふぁっ……お、女の子同士なのに……な、なんでこんなこと……ぁうっ!」
「んふふ……それはね、ココノちゃんが可愛いからだよ……」
「そうそう。南国の日差しが私たちの心を開放的にするの……ああ、夏の太陽って罪作り」
「解放しないでくださいそんなはた迷惑な衝動! それに南国じゃなくて伊豆です! あっちにバナナワニ園の看板も出てました! だから……あ、ふぁあっ!? ゆ、指入れたらだめですぅっ!?」
「ココノちゃんの身体、汗ばんでひんやりしてて気持ちいい……あれ? でも、ここ、汗じゃないのが出てる……」
「ココノちゃん、いやらしいんだ……うふふ……」
 獲物は必死で抵抗を試みるが、スイートナイツ2人がかりでは為す術もなかった。アルコールにブレーキを壊された凛々子と麻由希は組み敷いた女体の反応を愉しみながら、その指技を出し惜しみなく披露していく。
 ココノを襲う痙攣、その間隔が少しずつ狭まる光景を安全な高みから眺め、ティアナが言った。
「ところでエレニス、あれは何をしているのです?」
 エレニスは回答に窮した。子供のアダルトサイト閲覧を知ってしまった親のように、しかもそれがかなりマニアックなやつだったときのように、思考も視線も石のように固まる。やがて、
「……スキンシップでしょう。仲睦まじいことです」
 その答えを待つ間、ティアナは涼しい顔で、卓上のオレンジジュースとスクリュードライバーをすり替えた。思考と視線が石になったエレニスは気づかない。ティアナは何事もなかったように会話を繋ぎ、
「でも、確か彼女は敵でしたが……ああ、和解し、これほどまでに親交を深めたということですね。素晴らしいことです」
 2匹の獣によって蹂躙されるココノの姿を暖かい眼差しで見守った。
 満足げな表情だった。

 

 


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